No.107医療機器の滅菌前処理
医療機器の組立後・滅菌前に「洗浄(滅菌前処理)」が必要になるのはどんな時か
いちばん短い答え
組み立てた医療機器を滅菌する前に洗浄が必要になるのは、次の 3 つのいずれかに当てはまるときです。
- 製造・組立の工程で、油や粉、指紋などの汚れが付く可能性があるとき
- その汚れによって滅菌の効き目が落ちる/微生物の数(バイオバーデン)が増える・ばらつくとき
- 汚れ(残留物)そのものが患者さんの安全性や製品の性能に影響するとき
言い換えると、滅菌は「汚れを落とす工程」ではないため、汚れが残ったまま滅菌しても「汚れた無菌品」になってしまう、というのが基本の考え方です。
結論(もう少し詳しく)
- 判断の出発点は、ISO 13485:2016 の 7.5.2「製品の清浄性(Cleanliness of product)」です。ここでは、一定の条件に当てはまる場合に「製品の清浄性又は汚染の管理に関する要求事項を文書化すること」が要求されています。
- ここで注意していただきたいのは、規格は「必ず洗浄工程を設けよ」と書いているわけではない、という点です。規格が求めているのは「清浄性に関する要求事項を決めて文書化し、必要な管理を行うこと」であり、その具体的手段として一般的に選ばれるのが洗浄工程です(汚れを付けない設計・工程にする、という選択肢も理論上あり得ます)。
- 洗浄工程を設けると決めた場合は、その洗浄が確実に効果を発揮することを洗浄バリデーション(後述)で検証します。
参照:ISO 13485:2016(ISO 公式ページ)
※ ISO 規格は著作権があるため、本回答では条文の全文引用は行っていません。正確な文言は必ず正規に入手した規格原本でご確認ください。
1. 判定の枠組み:ISO 13485:2016 7.5.2 が想定している場面
以下の表は、ISO 13485:2016 7.5.2 が対象としている場面を、当社が実務向けに分かりやすく整理し直したものです。規格原文の列挙(a)〜e) 等)の文言・構造とは表現が異なりますので、最終確認は必ず規格原文で行ってください。
| # | 想定される場面 | 典型例 |
|---|---|---|
| ① | 製品を滅菌又は使用に先立って、製造業者自身が清浄する場合 | 組立後・EO滅菌前に超音波洗浄する滅菌済み手術器械 |
| ② | 製品を非滅菌で供給し、滅菌又は使用に先立って(使用者側が)清浄する場合 | 非滅菌供給の再使用可能な鋼製小物(医療機関側で洗浄・滅菌) |
| ③ | 製品は滅菌・使用に先立って清浄できないが、使用時の清浄性が重要な場合 | 洗浄できない複雑な管腔製品、単回使用カテーテル等 |
| ④ | 製品は滅菌されずに使用されるが、使用時の清浄性が重要な場合 | 非滅菌で使用する測定機器の患者接触部 |
| ⑤ | 製造工程内で、製品から副資材(プロセス剤)を除去することになっている場合 | 切削油・防錆油・離型剤・研磨剤・洗浄剤の除去 |
ご質問の「組立後に滅菌する製品」は、多くの場合 ①と⑤に当てはまります。 特に⑤は見落とされがちですが、切削・プレス・研磨・成形などの加工を経た部品を使う限り、ほぼ必然的に該当します。
国内規制(QMS省令)との関係
- 国内では、いわゆる QMS省令(医療機器及び体外診断用医薬品の製造管理及び品質管理の基準に関する省令/平成16年厚生労働省令第169号)の中に「製品の清浄管理」に関する条文が置かれています。
- QMS省令は ISO 13485 を参照しつつ、日本の規制要件を反映して作られた日本独自の省令です。「ISO 13485 と条項が 1 対 1 で同じ」というわけではありませんので、条番号・文言は必ず原文でご確認ください。
2. 「洗浄が必要」と判断すべき具体的なケース(基本編)
2-1. 製造工程由来の残留物がある場合(最も一般的)
| 汚染源 | 具体例 | 何が問題か |
|---|---|---|
| 加工油・切削油・防錆油 | 旋盤・フライス加工した金属部品 | 油膜が滅菌剤(ガス・蒸気)の接触を妨げる/生物学的安全性のリスク |
| 離型剤・可塑剤 | 射出成形した樹脂部品 | 溶出物・浸出物(E&L)による細胞毒性など |
| 研磨剤・バフ粉・金属粉 | 研磨・バリ取り工程 | 微粒子(パーティクル)が体内に残留 |
| 洗浄剤・すすぎ水の残留 | 前工程での洗浄 | 洗浄剤自体が新たな残留物になる(=洗浄剤の除去確認が必要) |
| 人由来汚染 | 組立作業者の手指・皮脂・毛髪 | 微生物数の増加、エンドトキシン |
| 作業環境由来 | 塵埃、搬送・保管中の汚染 | 微生物数のばらつき |
2-2. バイオバーデンが滅菌条件の前提を崩す場合
バイオバーデンとは、滅菌する前の製品に付いている微生物の数のことです。滅菌条件は「最初の微生物数が一定の範囲内にある」ことを前提に設定されるため、組立工程で汚染が増えたり、ロットごとにばらついたりすると、滅菌バリデーションで決めた条件では SAL(無菌性保証水準:製品 1 個に微生物が生き残る確率の指標。通常 10⁻⁶)を保証できなくなります。
- 放射線滅菌(ISO 11137-1/-2):線量設定法(VDmax法等)は、バイオバーデンの実測値を直接の入力値とします。バイオバーデンが上振れすると、設定した線量では不足します。
- EO(エチレンオキサイド)滅菌(ISO 11135):油やタンパク質などの有機物はガスの浸透を妨げ、微生物を保護します。
- 湿熱(高圧蒸気)滅菌(ISO 17665 シリーズ):付着物が蒸気の接触を阻害します。タンパク質は熱で固着し、後から落とせなくなります。
なお、バイオバーデンの測定方法は ISO 11737-1(製品上の微生物集団の測定)、滅菌工程の無菌性試験に関する事項は ISO 11737-2 が代表的な参照規格です。
つまり、組立後のバイオバーデン測定値が高い/ロット間の変動が大きい場合は、洗浄工程を設けて「下げる・安定させる」ことが実質的に必須になります。
2-3. 製品構造上、汚れが残りやすい場合
- 管腔(ルーメン)、細径チューブ、ヒンジ、ネジ部、鋭角・鈍角部、多孔質材料
- 組立後は分解できず、内部まで洗浄液が届きにくい構造
こうした製品は、「組立後に洗う」よりも「組立前に部品単位で洗う」設計のほうが確実です(後述 4-2)。
2-4. エンドトキシン(発熱性物質)が問題になる製品
微生物は滅菌で死にますが、グラム陰性菌の菌体成分であるエンドトキシンは滅菌では分解されず残ります。血液や脳脊髄液、体内組織に接触する製品では、これが発熱反応の原因となり得ます。
- 特に注意が必要な製品例:血管内カテーテル、輸液セット、インプラント、体内埋込み機器 など
- 評価に用いられる試験:エンドトキシン試験(LAL試験等)
- 対策の基本は「そもそも菌を増やさない・汚れを持ち込まない+洗浄で除去する」であり、滅菌に頼ることはできません。
3. 応用的なケース(該当する場合のみお読みください)
3-1. 使用済み品・返送品を扱う場合
- 再製造単回使用医療機器(R-SUD):使用済み品を回収・分解・洗浄・滅菌・再組立するため、通常の新品製造よりも厳格な洗浄バリデーションが求められます。
- 修理・オーバーホール品、デモ機・貸出機の再滅菌:血液・体液・組織残渣が付着している前提で、洗浄(必要に応じて消毒)が不可欠です。
3-2. 非滅菌で供給する製品(使用者側で洗浄・滅菌する場合)
非滅菌供給型では、洗浄・滅菌の実施主体は医療機関側になりますが、製造販売業者側には「どう再処理すればよいか」の情報を添付文書等で提供する責任があります。
その際に国際的に広く参照されるのが ISO 17664(医療機器の再処理に関して製造業者が提供する情報)で、一般に次のような項目の提供が想定されています。
- 使用時の準備:搬送容器、保持器具、臨床使用後から洗浄までの最大許容時間、予備洗浄、搬送要件
- 洗浄前の準備:接続部のキャップ/カバー、分解方法、リークテスト、ブラシによる用手予備洗浄・洗浄ガンによる予備すすぎ
- 洗浄工程:必要な備品、洗浄剤、洗浄パラメータ 等
※ ISO 17664 には、単冊版(ISO 17664:2017)と、クリティカル/セミクリティカル機器を対象とする ISO 17664-1:2021 などが存在し、適用範囲によって参照すべき版・パートが異なります。「現行版はこれ」と一律に言い切れないため、適用時点で最新の版構成を ISO の規格ページでご確認ください。
※ ISO 17664 は任意規格であり、「この規格への適合が直ちに日本の法的義務になる」わけではありません。ただし、添付文書における再処理情報の記載自体は薬機法に基づく要求であり、その内容の妥当性を示すうえで ISO 17664 に沿った整理が実務上・審査上、強く期待されます。
3-3. 設計・開発段階での検討(できれば最初にやってほしいこと)
洗浄の要否は、製造が始まってから考えるのでは遅く、設計・開発の段階(ISO 13485:2016 7.3「設計及び開発」)で検討しておくべき事項です。設計レビュー(7.3.4)等で、次の観点を確認しておくことをお勧めします。
- 選んだ材質・構造は、そもそも洗えるか(管腔内まで洗浄液が届くか、分解できるか)
- 洗浄剤・すすぎ・乾燥・繰り返し洗浄によって、材料が劣化・変色・腐食しないか
- 洗浄後に選定した滅菌方式に耐えられるか(洗浄と滅菌の両方に耐える材料選定)
- 再使用可能機器の場合、使用者側の再処理手順(ISO 17664 参照)と整合しているか
- 汚れが付かない工程設計(無注油加工、クリーン環境での組立)で、そもそも洗浄を不要にできないか
4. 逆に「洗浄工程を省略できる」のはどういう時か
省略できる可能性があるのは、「汚染が持ち込まれていないことを、データで示せる場合」だけです。「たぶんきれいだから」は根拠になりません。
4-1. 省略を検討できる条件(例)
- 無注油加工・ドライ加工で、油脂類を一切使用していない
- 部品段階で洗浄・清浄性検証済みで、以降はクリーンルーム(管理された環境)内で密閉搬送・組立され、組立後のバイオバーデン・パーティクル・残留物のデータが規格内で安定している
- 材料・工程のリスクアセスメント(ISO 14971:医療機器のリスクマネジメント規格)で残留物リスクが受容可能と判断され、かつ生物学的安全性評価(ISO 10993-1 に基づく評価。具体的には残留油分の同定・抽出試験・毒性学的な許容摂取量の算出と限度値設定など)でも裏付けられている
4-2. 実務上の代替策
組立後に洗いにくい製品では、「部品段階での洗浄+組立後の清浄度維持」という設計が現実的です。この場合は、組立工程での再汚染防止(環境管理・作業者管理・手袋・搬送容器の管理)が管理点になります。
⚠️ ご注意:洗浄工程の省略は例外的な判断です。QMS調査や承認審査では、「なぜ不要と言えるのか」を示すリスク評価と実測データが厳しく確認されます。条件に当てはまりそうに見えても、安易に省略せず、必ず省略の根拠を文書化してください。
5. 滅菌方式別の留意点(洗浄との関係)
| 滅菌方式 | 主な参照規格 | 洗浄との関係で特に注意すべき点 |
|---|---|---|
| EOG(エチレンオキサイド) | ISO 11135 | 油膜・有機物がガス浸透を阻害。残留EO・ECHの評価は ISO 10993-7 |
| 放射線(γ線・電子線) | ISO 11137-1/-2 | 汚れは物理的には除去されない。バイオバーデン値が線量設定に直結 |
| 湿熱(高圧蒸気) | ISO 17665 シリーズ | 付着物が蒸気接触を阻害。タンパク質は熱で固着し除去困難になる |
| 過酸化水素を用いる低温滅菌 | 例:ISO 22441(低温気化過酸化水素滅菌) | 有機物・セルロースにより効果が大きく低下 |
※ 過酸化水素を用いる低温滅菌には気化過酸化水素(VH₂O₂)方式やプラズマを併用する方式など複数あり、装置・プロセスによって適用される規格が異なります。ISO 22441 は低温気化過酸化水素滅菌プロセスに関する規格として参照されるものですので、自社のプロセスに適用可能かは個別にご確認ください。
共通の原則:滅菌は「汚れを落とす工程」ではありません。 汚れが残ったまま滅菌すると、①滅菌不良、②死滅した微生物由来のエンドトキシン残存、③異物としての残留、という 3 つの問題が同時に起こり得ます。
国内の関連通知
- 「医療機器の滅菌バリデーション基準」(平成29年2月28日 薬生監麻発0228第1号)が発出されています。
- 関連する事務連絡・Q&A・改正通知が出ている場合がありますので、適用時点の最新の通知群を厚生労働省・PMDA の公開資料でご確認ください。
※ 当該通知の本文 URL に確信が持てないため、本回答ではリンクを付しておりません(推測による URL の記載は行わない方針です)。
6. 洗浄が必要と判断した後にやること:洗浄バリデーション
洗浄工程を設ける場合は、「その洗浄方法で、意図した清浄度が毎回確実に得られること」を事前に検証します。これが洗浄バリデーションです。
| 項目 | 内容 |
|---|---|
| 対象汚染物質の特定 | 切削油、離型剤、金属粉、微生物、エンドトキシン等 |
| 許容基準(残留限度値)の設定 | 生物学的安全性評価(ISO 10993-1、-7、-17 等)に基づき科学的に設定 |
| 分析方法 | TOC、重量法、パーティクルカウント、抽出+HPLC/GC、ATP など。回収率(リカバリー)試験が必須 |
| サンプリング | スワブ法、リンス法。特にワーストケース部位(管腔内、ヒンジ、ネジ部)の選定 |
| ワーストケース設定 | 最も汚れやすい製品・最も洗いにくい形状・最長の Dirty Hold Time(汚れが付いてから洗浄するまでの最大待ち時間) |
| 洗浄パラメータの管理 | 洗浄剤濃度、温度、時間、機械力(超音波出力)、すすぎ水質、乾燥条件 |
| 微生物学的評価 | バイオバーデン(ISO 11737-1)、エンドトキシン(LAL試験等) |
| 日常モニタリング | バリデーション後の継続的な工程管理・再バリデーションの基準 |
※ 自動洗浄機(ウォッシャーディスインフェクター)を用いる場合、DGKH/DGSV/AKI 共同のバリデーションガイドライン(第5版・2017年)が実務上よく参照されます。ただしこれはドイツの学会等が発行した業界ガイドラインであり、日本の規制要求そのものではありません。
7. 判断のためのチェックリスト(実務用)
以下に一つでも「はい」があれば、滅菌前洗浄を設けるか、設けない根拠を文書化する必要があります。
- 部品加工に切削油・防錆油・離型剤・研磨剤を使用しているか
- 組立を人手で行い、素手または汚染の可能性がある環境で作業しているか
- 組立後の製品にパーティクル・バリ・粉体が残る可能性があるか
- 組立後のバイオバーデン測定値が高い、またはロット間変動が大きいか
- 製品が体内・血液・粘膜と接触する(ISO 10993-1 の接触分類が中〜高リスク)か
- 管腔・ヒンジ等、汚れが残留しやすい構造を持つか
- 使用済み品・返送品・再製造品を扱うか
- 非滅菌で供給し、医療機関側で洗浄・滅菌されることを想定しているか
8. まとめ(何をすべきかベース)
| 場面 | とるべきアクション |
|---|---|
| 加工油・離型剤等を使用した部品を組み立てた製品 | 清浄性の要求事項を文書化し、洗浄工程を設けて残留物を除去する(または「汚れを付けない工程」で対応し、その妥当性をデータで示す) |
| 体内・血液接触製品で、微粒子・残留物リスクがある | 生物学的安全性評価に基づき残留限度値を設定し、洗浄バリデーションで基準以下を確認する |
| 組立後バイオバーデンが高い/変動が大きい | 洗浄工程でバイオバーデンを低減・安定化させ、滅菌条件の前提を維持する |
| 使用済み品の再製造・修理再滅菌 | 通常品より厳格な洗浄バリデーションを計画・実施する |
| 非滅菌供給品 | 製造側の洗浄が不要な場合もあるが、ISO 17664 を参照した再処理情報を添付文書等で提供する |
| 無注油加工+クリーン環境組立で清浄度データが裏付けられている | 省略可能性あり。ただしリスクアセスメント(ISO 14971)と実測データを文書化し、例外的判断であることを認識する |
ご参考・注意事項
※ 本回答での ISO 13485:2016 7.5.2 の「場面①〜⑤」の整理は、当社が実務向けに分かりやすく再構成したものであり、規格原文の条文構造・文言とは異なります。判定の最終根拠は必ず ISO 13485:2016 の原文でご確認ください。
※ 規格番号・版数(ISO 13485、ISO 17664、ISO 11135、ISO 11137、ISO 17665、ISO 11737-1/-2、ISO 22441、ISO 14971、ISO 10993 シリーズ)は改正されることがあります。適用時点の最新版を ISO の規格ページ等でご確認ください。本回答では、URL に確信が持てない規格については、意図的にリンクを付けず規格番号のみを記載しています(推測による URL 記載は行わない方針のためです)。
※ 外部レビューでは「QMS省令の e-Gov 法令検索へのリンクを削除すべき」との指摘がありましたが、e-Gov 法令検索は当社が根拠リンクとして採用している公式の一次情報源に含まれるため、この指摘は反映せず、リンクを維持しています。
※ ISO 規格の条文内容の詳細(7.5.2 の正確な文言等)は著作権の関係で全文引用しておりません。必ず正規に入手した規格原本でご確認ください。
※ 本回答は一般的な考え方の整理であり、貴社の具体的な製品・工程に対する適合性判断を保証するものではありません。個別の判断は、製品のリスク、接触部位、滅菌方式、工程条件を踏まえてご検討ください。
株式会社イーコンプライアンス

